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CONCEPT
これからのかっこいいライフスタイルには「社会のための何か」が入っている。社会のために何かするってそんなに特別なことじゃない。働いてても、学生でも、主婦でも日常の中でちょっとした貢献ってできるはず。これからはそんな生き方がかっこいい。r-libではそんなライフスタイルの参考になるようなロールモデルをレポーターたちが紹介していきます。
# 042
Kazushi Hosaka
December 31, 2018

r-lib | 松林うらら × 保坂和志 「小説的思考塾」  開講記念 特別インタビュー【前編】

GENRESArrow文化

「小説的思考塾」 開講記念 特別インタビュー【前編】

芥川賞をはじめ数々の文学賞を受賞する保坂和志さん。保坂さんを慕う芸術家は多く、他ジャンルにも思想的な影響を与えている小説家です。そんな保坂さんからお話を伺うのは、女優の松林うららさん。実は松林さんが映画デビューをした作品『1+1=11』の矢崎仁司監督は、保坂さんとは学生時代からの友人という関係です。奇妙な縁のあるお二人が対談するのは、広く芸術や言葉についてのお話です。編集長Sやカメラマンもところどころ入るという座談会のような形になりました。あらかじめ質問事項など決めても、良いものが引き出せないという保坂イズムのままに、ただひたすら会話の流れを大切にした、その記録です。

Reported by Urara Matsubayashi


松林: 今日はよろしくお願いします。実はかなり緊張しています…矢崎監督や周りの人に保坂さんは凄いといつも聞かされていたので、お会いすることが畏れ多くて…(笑)。あの…最新作の『ハレルヤ』を読ませていただいたんですけど…言葉にはできない…その…感情がありふれて…

保坂: 「ありふれて」じゃなくて「溢れて」(笑)。しょうがない、緊張してるとそうなる(笑)。

松林: すみません(笑)。恥ずかしい…(笑)。でも『ハレルヤ』は、一文一文をかみしめたくなるような文章で、私は猫も飼ってるし、キャロルキングも最近聴いてた音楽だったから保坂さんの『ハレルヤ』の中で短編を続けて読んでいくと、私が感じていることを書いてくださってるという気がして、とても感動しました。





保坂: でも問題なのはね、みんな僕の小説読んで、何言っていいか分かんないんだよね。だから今の感想は、十分頑張って言ってくれた感じがします(笑)。

松林: いや、ホントに感じたことを言ったんです。『ハレルヤ』は読みやすかった、と言っていいんですかね?とにかくスッと入ってくる感じがして、それから『プレーンソング』も『書きあぐねている人のための小説入門』とかも、読んでて凄くワクワクしました。特に『書きあぐねている人のための小説入門』は、小説を書くつもりがなくても、芸術全般に関わってる人が読んだら、きっと新しい視点が得られる本だと思うんです。でもその分、何を質問したらいいかが凄く難しくて…私は女優だから、人の言葉を借りて言葉を発してるんですけど、保坂さんが普通の言葉では伝わらないものを伝えるのが小説だって書いていて。私も演技をするときに、そういう感覚で演じたい、それを大切にしたいと思いました。

保坂: 矢崎さんが『書きあぐねている人のための小説入門』が大好きでね。みんなに読ませてるって。でも読ませてなかった(笑)?

松林: 読ませてなかったです(笑)。矢崎さんの映画も、言葉にはできない、わからないけど涙が出ちゃうみたいなところがあるんですよ。でもそれを保坂さんの作品にも凄く感じました。よくわからないこのワダカマリみたいな、正解が無い何か。そういう意味での質問なんですけど、保坂さんにとって言葉の使い方とか、言葉で説明するのが難しいときっていうのは、どうしていますか?

保坂: あなたよく考えてるね(笑)。

松林: いや保坂さんに会うからどうしようかなって、難しい質問を考えてきました……(笑)。

言えなかったというその気持ちは、ある


保坂: 違う違う、普段。僕の小説がわかんないっていう人が多いのは…(アラームの音)ごめん。ガラケーでアラームがついてて、猫のご飯の時間だけアラームが鳴るんですよ(笑)。

 で、話を戻すと、言葉にならない部分が、気持ちや考えの中にあるってことを知らない人がいるんだよね。考えることや感じたことっていうのは、全部言葉になると思ってる人たちがいっぱいいるのね。だからSNSの悪い面っていうのは、すぐに感じたことをシェアしたり、考えて書かなきゃいけないと思ってるでしょ。

 子どもの時からの読書感想文みたいなのは全部そうで「何か感じたなら考えなさい」「これを読んで、どういうことを言ってるのか考えたらすぐ書きなさい」っていう風になってて、書かない、今の気持ちや考えてることは書けないんだっていうことは許されない。もっと書くのに時間がかかって「今は感じました。考えました。考えたけど、十分考えたいんだけど、今私の中には言葉はまだありません。それは一年後かもしれないし二年後か、もっとずっと大人になってからか、もしくは全く別の経験をしてようやく言葉が出てくるかもしれないし、それでもやっぱり出てこないかもしれないけど、この今の気持ちは持ってる」ってことがあってもいいはずなんだよね。今何かを言いたくなったけど、「言えなかったというその気持ちは、ある」っていうことをもっと大事にする社会のモードがないんだよね。だから僕の本を好きな人たちって、テキパキハキハキしてる人はあまりいないんだよね(笑)。そうやって僕は、すぐに言葉のやり取りが簡単にできるような友達のグループではないところで、育って生きてきたわけ。

松林: 私も答えを早く求められるのが苦手で、じっくり考えて、あとから出てくる言葉があったりするから、即興で何か感想文を書くとか、今回みたいな対談で気の利いたことをすぐに言うのは得意じゃないです。

保坂: 気の利いたこと言える子どもっていうのは、ホントに頭の良い、ごく一部を抜かして、普通はテンプレート化した言葉を使ってるんだよね。テンプレート化っていう言葉は、ネット社会になるまでなかった言葉だから、むしろ今の人たちのほうが「あなたの使っている言葉はテンプレート化した言葉だ」って言えるようになった。その部分はネット社会でわかりやすくなった良いところでもある。よく喋れる子どもたちっていうのは、テンプレートを使ってそのまま喋ってるようなものなんだよ。でも学校の先生はテンプレートで喋る子ども達に「それホントにあなたが考えた言葉?」って聞かないよね。そういう子の方が便利だし、学校の授業の中でそこまで喋れれば十分だから。

松林: そういう子の方が優遇されますしね。

保坂: そう。だからね、学校の教室の中で優秀な成績の子たちっていうのは、先生が今どういう答えを求めてるかが、分かるわけ。

松林: どうすれば褒められるかみたいなことですよね。

知らないうちに先生の求めてる答えを答えられるような考えの回路が出来上がっちゃってる


保坂: 褒められるっていうのはつまり、先生が欲しい言葉を言える子ども。それは周りから見ると褒められるように喋ってるっていう風に見えるんだけど、本人たちは自分が褒められるように喋ってるっていう意識はなくて、知らないうちに先生の求めてる答えを答えられるような考えの回路が出来上がっちゃってんだよね。それで、そこから外れちゃう子たちっていうのは、成績悪くなったり、落ちこぼれたりしてしまう。

松林: オリジナリティがなくなってるっていうことですよね。個がないというか。





編集長S: 例えばツイッターとかの消費的な言葉の使われ方が、バーっと今まで以上に拡散するじゃないですか。言葉の使われ方というか、意味というか、そういう言語経験みたいなその言葉に含まれるものも、今までと変わってくるんじゃないですか。

保坂: 流通しやすい言葉に変わってくるってこと?

編集長S: 意味も少しずつ変わってくるというか。例えばこの状況の時にこういう言葉を使うと共感が得られるみたいな使い方で、言葉が変質していって、今までは例えば作家が小説とかを通してその価値を紐づけて固定してたけど、一般人がそうやって言葉を流布させることで言葉の意味もちょっとずつ変わっていっちゃうというか。使い方とか。

保坂: 変わるんだよ。変わるし、時代ごとに使われる言葉の範囲が変わっていくから。ツイッターとか、百何十文字?で言えるように上手いこと考える癖が自然についてっちゃうんだよね。

松林: 俳句とかも枠があるじゃないですか。そういう制限にとらわれない方が幅は広がるっていうことですか?

保坂: そうなんだよね。だから僕は俳句とか短歌は自分でやろうとは全く思わない。昔から広く知られている俳句や短歌って、もちろん凄いし優れたものが多いんだけど、現代で普通に詠まれてるものは、俳句や短歌ってこういうものを詠むんだよねっていうようなことばっかり。俳句や短歌はこういうもの、気持ちをまずこういう風に向けるってところから始まってて、ツイッターも同じようにまず気持ちを向ける。ツイッターで言えるものって、こんなにある中で「この部分だけ」っていう風に。

編集長S: ちょっと話ズレますが、一番言葉で伝えたくなるときっていわゆるラブレター的な要素があるじゃないですか。今はLINEとかツールが色々あるけど、そういうものの原型が平安時代だったら和歌だったんだろうなとか。でもそれが今って多分、J-POPの歌詞だと思うんですよ。だいたい5分で歌える歌詞のボリュームで自分の恋愛感情とJ-POPの歌詞を紐づけて、だから多分ラブレターを書く時も、そういう自分の好きなミュージシャンの歌詞とかと紐づけて……

保坂: ラブレター書くんすか(笑)?

編集長S: いや僕は書かないですけど(笑)。でもやっぱり失恋したり、自分の気持ちを代弁してくれているものって今だとJ-POPの歌詞じゃないですか、僕ら世代とかは。だからそう言う俳句とか和歌が、今は歌の歌詞かなと。





保坂: それ言い出すとね、話が難しくなってくるんだよね。今、うららちゃんが言ってたのは、下手な歌詞のことなんだよね。で、あなたが言ってるのは心に残る歌詞のことなんだよ。それは領域をどこかで拡張してるんだよ。今までの自分が知ってた気持ちを、中学高校で気持ちが変わってきたり、育ってくるでしょう。その時に歌の歌詞に出会って、もっと方向が変わったり深まったりして、こういう言葉で言って欲しかったんだっていうのが生涯の中で何十個か、やっぱり何百何千とはなくて、そういう幾つかの決定的な出会いの歌詞みたいなのがあるわけ。だからそれはみんなが簡単に使ってるテンプレートとは全然違う本当に大事な一言になってるから、全く話が変わってくるんだよ。

編集長S: それは固有の経験になっている?  

保坂: そう、固有の経験になってる。60年代末のイギリスにキング・クリムゾンていうバンドがあって、その歌詞で“confusion will be my epitaph ”っていうのがあるんだけど、epitaph って墓碑銘、つまりお墓に刻む言葉で、「私はconfusion を墓碑銘とする」ってことなのね。で、そのconfusion は混乱、戸惑い、錯乱であったりするんだけど、僕の中では時代ごとに日本語として当てはめる時の、意味が変わってったんだよね。高校1.2年の時にそれに出会った時は「私は錯乱を墓碑銘とする」って言ってて、だからフリージャズ とかにいくわけだけど。最近はそんな大げさなこと言わなくても、やっぱり「戸惑い」でいいなって思う。言えなくてアクションできなくて「戸惑ってる」。でも戸惑いって否定的に言われるでしょ。やっぱり僕の中では戸惑いとか、社会でデキる人たちが否定的に使ってるものの方を、自分のとっかかりにして生きてるんだよね。




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保坂和志

保坂和志Kazushi Hosaka

PROFILE

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保坂和志(ほさかかずし)
1956年 山梨県生まれ。鎌倉育ち。
早稲田大学政治経済学部卒業。

1990年『プレーンソング』でデビュー。1993年『草の上の朝食』で野間文芸新人賞、1995年『この人の閾(いき)』で芥川賞、1997年『季節の記憶』で平林たい子文学賞、谷崎潤一郎賞、2013年『未明の闘争』で野間文芸賞、2018年、『ハレルヤ』所収の「こことよそ」で川端康成文学賞を受賞。その他の著作に『カンバセイション・ピース』『小説の自由』『書きあぐねている人のための小説入門』『朝露通信』『猫の散歩道』ほか。

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by 松林うらら
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