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CONCEPT
これからのかっこいいライフスタイルには「社会のための何か」が入っている。社会のために何かするってそんなに特別なことじゃない。働いてても、学生でも、主婦でも日常の中でちょっとした貢献ってできるはず。これからはそんな生き方がかっこいい。r-libではそんなライフスタイルの参考になるようなロールモデルをレポーターたちが紹介していきます。
# 043
Kazushi Hosaka
February 12, 2019

r-lib | 松林うらら × 保坂和志 「小説的思考塾」  開講記念 特別インタビュー【後編】

『ハレルヤ』と『生きる歓び』は花ちゃんのお話。「キャウ!」は花ちゃんの台詞。

GENRESArrow文化

「小説的思考塾」 開講記念 特別インタビュー【後編】

川端康成文学賞を受賞した『こことよそ』も収録されている『ハレルヤ』の話から、哲学者メルロ=ポンティのソナタ奏者の話まで、芸術家の態度についてお話いただきました。

Reported by Urara Matsubayashi


編集長S: ちょっとじゃあ、役者に活きる今の話を。

保坂: だから役者としては、見られるふうに演じるか、まさに自分が演じてるか、とか。

松林: 私はそっちですね。自分が感じて演じるほうですね。

保坂: 絶えずそれがトレーニングじゃなくて、ホントは自分がどっちなのかっていう、その差が肝心なときに出てくるんじゃないかって思うんだよね。

松林: カメラを忘れたときが一番良い演技というか、自分でも納得行くような演技ができてると思います。そこに生きてるっていうのをきっと自分で感じている。誰かに見られているかではなくて、ここで起きていることが表現されているっていう、そういう空気になったときが、私は良いと思います。こないだムンク展に行ったんですけど、自画像が多かったんですよ。しかも自分で自分の写真を撮って、自分を描いてるんですよ。ムンクって、果たしていろんな人に自分を知ってもらいたかったのか、もしくは自分をもっと探りたかったのかどっちなんだろうと思って。

保坂: 僕はムンクに関心ないというか、自分を見られたい芸術家には基本的に関心がないんだよね。だから多分、自画像が多かったのは、自分を見られたいっていうことなんじゃないかと思うんだよね。





松林: 自分を探りたいって思うんだったら、もはや自分を描かないんですかね?

保坂: 多分そうだと思うんだけど。

松林: 保坂さんの小説って、ご自身の周りで起こったこととか、身近な人たちが出てくるけど、それとこれとは違いますか?

保坂: だから一人称でしか書かないんだよね。僕はこういう人だっていうふうには、関心もってない。僕の小説読んで、僕のことばっかり聞かされたいと思う人はいないでしょ?確かに自分の関心あることはやたら書くけれども、それは関心の対象のほうで、自分自身がどうかっていう方には関心がないんだよね。

編集長S: 一人称で小説書いてる人って、冷めた感じの一人称で書いてるのと、自分を吐き出してる感じの一人称ってありますよね?

保坂: 吐き出す方の人っていうのは、伝統的ないわゆる私小説のほうなんだよ。僕はこういう人間ですって吐き出す、まぁ告白だよね。凄く意外なのは大江健三郎の小説ってダイナミックなんだけど一人称なんだよね。本人はわりと私小説の手法で〜みたいなことを言うんだけど全く違うんだよね。だから一人称三人称っていうのは表面的なもので、関心の対象がどっちにあるかっていうのは読んでみないとわからない。形だけではわかんないんだよね。





編集長S: あとは「キャウ!」(『ハレルヤ』内のシーンで登場する猫の花ちゃんの声)について伺えたらなと。

保坂: あぁ花ちゃんの「キャウ!」

松林: 聞きたい(笑)。

保坂: 「キャウ!」っていうのは、『ハレルヤ』全体を通す、『ハレルヤ』を書いた期間、『ハレルヤ』の出来事が起きたあの小説の期間、小説の中の何月から何月までみたいな期間に、何かが輪郭を与えないと小説にはなりにくいわけよ。それが「キャウ!」なんだよね。だから「キャウ!」自体の解釈は変わるわけなんだけど。ペチャはL-アスパラギナーゼって薬のおかげで二ヶ月もったから、花ちゃんもL-アスパラギナーゼを「打つ!」って最初は聞くんだけど、次はそれが「二ヶ月じゃない!」って言ったことになる。「キャウ!」は一度しか言ってないから。更にそれで、「もっと」ってことだったんだ!ってなったりする。とにかく「キャウ!」って言うことによって、『ハレルヤ』の小説の時間が始まって、小説の時間の最後まで「キャウ!」がこう……

松林: 生きている。

保坂: そう。引っ張るんだよね。だから「キャウ」っていうのが、小説の中では僕と奥さんがいろいろ考えることになってるんだけど、じゃあ小説から離れて、読み終わった人たちにとって「キャウ!」って何?って言ったら、それは『ハレルヤ』って言ったんだ!っていうようなことなんだよ(笑)。





松林: 難しい……(笑)。あと何を聞きたいかなぁ…真っ当な思考を持つ人間を描くって『書きあぐねている人のための小説入門』に書いてあったんですけど、そういうポジティブな人間になるためにはどうしたらいいんでしょうか?

ソナタ奏者の演奏がソナタ足りうるのは、演奏者がソナタに奉仕しているからだ


保坂: 友達の磯崎憲一郎は、芸術に奉仕することが真っ当な人間になることだって言ってんのね。それは僕が言ってることを少し言い換えたわけなんだけど、もともとはメルロ=ポンティっていう哲学者が、本の中で「ソナタ奏者の演奏がソナタ足りうるのは、演奏者がソナタに奉仕しているからだ」っていう言い方をしてるんだよね。その人の演奏する音楽がちゃんと良い音楽になるのは、それが奉仕しているからであって、自分の全てを音楽に捧げるからソナタ足りうる。その言葉は僕にとって凄く大きくてね。

 それはある意味ツイッターでもできるワンフレーズなんだけど、その言葉の厚みは全体の流れとかいろいろ説明つけないとわかんないから、ツイッターじゃできない。僕はフリージャズが一番好きで、こんなもの音楽じゃないってみんな言うけど、実際フリージャズの中でも、これがジャズになってるのか、音楽になってるのかって結構際どいとこがあって。でもそれは演奏者が、形のないものに奉仕しないと音楽にならないからなわけ。もともとあるからその通りやれば良いんでしょって軽く思っても、奉仕の気持ちがないと駄目なんだよ。身も心もそのときは捧げないと駄目。

編集長S: それに絡むけど、結局ポジティブな人間になるとか奉仕するって話は、奉仕するものさえ見つからない人にとっては厳しいと思うんですよ。世間的には、好きなものを見つけてそれに向かって努力しろっていう同調圧に似たものがあるけど、多分多くの人が知りたいことって、その奉仕できるものを見つけるにはどうすればいいかってことだと思うんです。要は「キャウ!」と言えるものを知ってたら幸せみたいな、その見つけ方を知ってる人って多分人生も幸せなんだけど、知ってる人はそうやって言っちゃうし。でも「キャウ!」があれば全てOKだよって言うと、いやその「キャウ!」がわかんねぇんだよとか、どうやって見つけんだよっていうのが、多くの人の悩みなんじゃないかなと。それが見つからない人も多いだろうし。





保坂: まず大事なのは、「見つけてくれよ」っていう人は駄目なんだよ。

松林: 人に任せるってことですかね。

保坂: そうそう。「くれよ」は駄目なんだよ。見つけるアドバイスをくださいっていう態度じゃないといけないわけ。「見つけたいんだけど、まだわかりません」っていうところまで気持ちがいってない人は駄目だから。

 役者の話に戻すと、奉仕するっていうのは自分がどうこうじゃなくて、ホントに台詞一言でも、それじゃこの場面の台詞にならねぇんだよっていう、そういうものがある。台詞ってそこに奉仕しないと。だから良いミュージシャンとか良い歌手って、良い役者にもなるんだよね。ショーケンみたいに。倉本聰が言うには、全身で演技できたのはショーケンだけだったって。歌も台詞もそうだけど、こんなに違うのかって思うじゃん。特に舞台の有名な芝居なんかは、同じ台詞がこんなにも違うのかって思うじゃん。


松林: そうですね、チェーホフとか。

保坂: それはもうその人が捧げてるんだよ。自分の演技じゃないんだよ。




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保坂和志

保坂和志Kazushi Hosaka

PROFILE

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保坂和志(ほさかかずし)
1956年 山梨県生まれ。鎌倉育ち。
早稲田大学政治経済学部卒業。

1990年『プレーンソング』でデビュー。1993年『草の上の朝食』で野間文芸新人賞、1995年『この人の閾(いき)』で芥川賞、1997年『季節の記憶』で平林たい子文学賞、谷崎潤一郎賞、2013年『未明の闘争』で野間文芸賞、2018年、『ハレルヤ』所収の「こことよそ」で川端康成文学賞を受賞。その他の著作に『カンバセイション・ピース』『小説の自由』『書きあぐねている人のための小説入門』『朝露通信』『猫の散歩道』ほか。

【HP】http://www.k-hosaka.com/
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by 松林うらら
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