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CONCEPT
これからのかっこいいライフスタイルには「社会のための何か」が入っている。社会のために何かするってそんなに特別なことじゃない。働いてても、学生でも、主婦でも日常の中でちょっとした貢献ってできるはず。これからはそんな生き方がかっこいい。r-libではそんなライフスタイルの参考になるようなロールモデルをレポーターたちが紹介していきます。
# 040
HIRONOBU KUBOTA
August 04, 2017

r-lib | r-lib編集部 × 久保田弘信 戦場ジャーナリストの後ろ姿 #8

GENRESArrow国際協力

戦場ジャーナリストの後ろ姿 #8

戦場ジャーナリストの久保田弘信さんが、友人のシリア難民に会いにオーストラリアに行くというので、10日間の密着取材をした。仕事に対する姿勢や、リラックスの仕方まで幅広くその哲学を垣間見る機会を得た。そして期せずして、戦場ジャーナリストに至る原点までを辿る旅となった。その貴重な時間を記した特別連載企画。

Reported by r-lib editorial

8日目


シンガポール2日目からは僕の知人Tさん宅に泊まらせていただくことになっていたので、チェックアウトして向かう。Tさん夫妻と久保田さんは初対面だったが、昼食に行ったりして話し込んでいたらすぐに夕方になってしまった。

そのまま夜には、東南アジアで活躍されてる日本人起業家や、シンガポール在住の日本人も合流して大人数の飲み会に。みなさん戦場ジャーナリストという職業には興味津々で、いろんな質問をしていたようだった。こういう交流の中から久保田さんを応援してくれる人が現れるといいなと思っているので、有意義な飲み会だった。


9日目


翌日は帰国のフライトだけなので、事実上の最終日。残った思い出の場所に行こうということで、Tさん夫妻にも付き合っていただいて、シンガポール市内をまわる。僕はいずれにせよ初めてなので、どこに行っても新鮮で楽しい。

ランチは「ラオ・パ・サ」という屋台村にいき、午後はヒンドゥー寺院、市場を訪れた。リトルインディアにあるヒンドゥー寺院は、以前久保田さんがイラク戦争からの帰りに立ち寄り、精神的な安定を得られたところらしい。オーストラリアの教会でのこともあったし、宗教的なものが苦手だと思っていたので、祈らないにしてもこういう場所に足を運ぶというのは意外な感じがした。何かに祈るという行為や、祈る人たちが集まっている静謐な場所は、たとえその宗教自体を信仰していなくても安らぎを与えてくれるということなんだろうか。








そして最後に、運命の場所ともいえるホテルに辿り着いた。20年前の久保田さんは、ここで旅行雑誌の撮影のために長期滞在しているうちに、パキスタン人と仲良くなり、彼を訪ねてパキスタンにいくことになった。そしてパキスタンでアフガニスタン難民の存在を知り、この道に入ることになる。それまでは難民や世界情勢などには一切関心がなかったというのだから、ここでパキスタン人と仲良くなっていなければ今の久保田さんはないともいえる。

もちろんきっかけはそうかもしれないけど、実際に難民と出会ってもなんとも思わない人もいるし、ましてや戦場ジャーナリストになるなんて、もともと何かそういう志向があったんだろう、と思う人は多いだろう。それはそうかもしれない。運命に翻弄される人は、何か言い知れぬ直観で、むしろ自分から出会いを辿って運命に絡め取られに行くようにもみえる。





紛争地帯では、出会う人の生と死の振り幅があまりに激しい。彼のジレンマは、その特殊な環境から自分の関わる先に死の影が付きまとってしまうことだ。亡くなったミャンマー人のことを考えるだけでも、僕は久保田さんの苦悩がどれほどのものか想像することが難しい。自責の念から解放されるために、あえて死ぬつもりで戦地にいくような気持ちになったりするのだろうか。

ただ、同じように久保田さんは、アフガン難民の、まだ認知されていない劣悪な環境のキャンプがあることを国連に教えたり、目に目ない形で多くの命も救っている。先進諸国の関係者が入っていけないような場所に取材で向かうときは、医療物資を届けたりもする。死の影も付きまとうが、久保田さんが照らす生の光もそこにはあるのだ。

いや、光とか影のようなわかりやすい二元論ではなくて、いろんな解釈が可能なほどに複雑に絡み合った因果でこの世界は形作られているんだろう。その一部を切り取って分析できるほど世の中はシンプルにはできていない。

死は目に見える結果として訪れるから、因果関係を結びつけて考えやすいが、「死なずに済んだ」という結果は見えにくく、誰が回避のきっかけを作ったのかは普通は意識しにくい。起きずに済んだことを想像できて、その最悪の事態をわかりやすく回避したヒーローが賞賛されるなんて映画の世界くらいだ。これは久保田さんに関わらず、何かを未然に防ごうと努力している全ての人たちに向けて言えることだ。





この宿に泊まらなかったら本当に今の久保田さんはなかったのだろうか。いつかは難民に辿り着いて、彼らの窮状を伝えるために、誰かを救うために、過酷な場所へと向かっていったのだろうか。その途中で友人を失い、弔いの意味を持って結局通い詰めることになったのだろうか。

それは雑居ビルのような建物にあるホテルで、僕にとってはただの汚い宿なのだけど、その看板を見たときに久保田さんは鳥肌が立っていた。久保田さん自身にも、自分がきっかけとなって救われた多くの命があることを直接感じ取ることは難しい。それはこの宿を見て僕が何も感じ取れないのと同じくらい、誰かの違う人生で起きている、あるいは起きずに済んだ出来事なのだ。

その日の夜は、Tさんオススメのローカルな屋台村に行って、最後の夜なのでたくさん飲んで、家に戻ってからも飲み続けた。ふと家で飲んでる時にTさんは、正直いうと、紛争地帯にいる子どもたちの写真や映像を観ると胸が締め付けられるから観るのが辛いと言った。世の中から戦争はなくなるのか、このままずっと悲惨な状態は続くのか、もうどうしたらいいかわからないと言った。Tさんはとても感受性が豊かで敏感にものごとを受け止めてしまう、と奥さんが言っていた。

Tさん夫妻が眠ったあと、久保田さんはずっと沈黙していた。僕も疲れが溜まっていたし、無言が続いたので眠くなってしまった。久保田さんは一人で何かを考えているようだったので、僕は遠慮して寝ることにした。

そのとき久保田さんは、ずっと抱き続けている葛藤と奇しくも運命の場所と言えるところで、改めて向き合うことになった。世の中には、過酷な現実を知る必要がない人も確かにいて、そういう人に知りたくなかった現実を突きつけて、傷つけてしまうことがあるならば、それは「現実を知るべきだ」という大義で片付けてしまえるものなんだろうか。


Tさんの素直な意見は、綺麗事や大義で片付けられない、複雑な現実を僕にも気付かせてくれた。そういえば、僕の母親も、良いドキュメンタリーをすすめても、気が滅入るからそういうものは観ないと言っていた。でも国際情勢をそれなりに知ってるし、無関心なわけじゃない。

過酷な状況に置かれている人が地球上にはたくさんいて、幸せなわたしたちはその現実を知らなければならない、これが社会的義務だ、と言い張る大義は一部には通用するが、みんなに押し付けることはできない。

誰かが目の前で子どもを殺される瞬間に、遠く離れた日本では、そんなニュースよりもバラエティ番組を観る人たちがいる。久保田さんが命を賭けて撮ってきた映像が流れたとしても、そこでチャンネルを替えてしまう人がいる。それは自然なことなのだ。そんな人だって、東日本大震災のときはきっとテレビに釘付けだっただろう。もしくは胸が締め付けられて観ることができなかった人もいるだろう。

僕は、そのときTさんにこう言った。世の中から戦争や争いがなくなることはないけど、綱引きみたいなもので、こちらが手を緩めると相手に引っ張られてしまうから、絶えず努力しないとその動きは加速してしまうと。頑張ったところでみんなに賞賛されることはないかもしれないけど、それでも誰かがやり続けないといけない。

これ以上世の中が良くなることが仮になかったとしても、これ以上悪くならないために力の限り綱引きをしている一人が久保田さんなのだ。

知ることは義務じゃない。みんながそういうニュースを「知ること」あるいは「知らないままでいること」は、きっと根源的にはどちらもそれなりに価値があって、見えない何かの価値をどこかで生み出してる。遠いどこかで起こっている現実を、見たくない人は見ないことで、見ていたら生み出せなかったであろう何か別の良い価値を生み出すだろうし、見たくなったら見れば良い。そのときのために久保田さんはいる。




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久保田弘信

久保田弘信HIRONOBU KUBOTA

PROFILE

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岐阜県大垣市出身
大学で宇宙物理学を学ぶも、カメラマンの道へ。旅行雑誌の仕事を続ける中で、ストリートチルドレンや難民といった社会的弱者の存在に強く惹かれるようになる。1997年よりアフガニスタンへの取材を毎年行う。2001年のNYテロを契機に、本格的に戦地の報道に関わりはじめる。アフガニスタン・カンダハルでの取材や、イラク・バグダッドにおける戦火の中からの報道を通して、自らの想いを世界に発信し続けている。近年はシリアでの取材に力を注ぎ、また日本での講演活動も精力的に行っている。

by r-lib編集部
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